無題
安東璋二先生
 
 大学時代に同人誌を計画し、2年がかりで発行し、6号を出して休刊になった。6号目の時は大学を卒業していた。
 いろいろ個性的な連中がいたが、猛烈という点では群を抜く男がいた。大学へはほとんど顔を出さず、もっぱら市立図書館に日参し、海外の小説を中心に読みふけっていた。その他の時間は小説を書いていた。書いたものには習作第何番という風に番号をつけ、それが100番台近くになった。行李に原稿が積まれていた。それくらい書かないと、小説家としての道を進めないと考えていた。
 なんとか卒業して、教員になったが、空き時間に小説を書くので校長とケンカになり、学校を何度もかわった。われわれの同人誌がつぶれたので、他を頼むに足りずと、個人雑誌を自らタイプをたたき、発行した。評判になり、中央紙がとりあげ、記事になり、東京に出る機会もあった。しかし、その頃から生活の不摂生が体を蝕み、入院生活をくり返すようになった。
 卒業後、われわれは、別の同人誌をつくり、それは細々と、いまでもつづいているが
その同人誌に小説を何作か発表したところで、30代の若さで世を去った。
 長生きしてたら、世に出ていたかどうかはわからない。しかし大学時代以来、終始初志を曲げないで作家修業に徹した男の生き方は、それ自身が文学だったかもわからない。
 われわれのような、ありふれた文学青年はともかく、そんな男も、この大学にいたということを、ひとこと記してみたかった。
 その時代から遠く離れて、いま諸氏が文芸誌のようなものを出すという。そういう風景に接するのは、なんとなく心づよく、なつかしい。
 国語科というのは、読んで書くものの集まりのはずであると思いたい。
 読む方はともかく、ここに至って書くほうで、諸君の世界に接しられるのが幸いである。そこで諸君の新しい世界に出会うことを楽しみにしている。
 
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