ハリー・ポッター考
(あるいは、家庭と仕事とを両立しているかどうかがちょっと怪しいママさん教師の話)
佐藤和美
 
 主婦で、仕事もしていて、しかも子どもが小さいとなると、読書の余裕は皆無に近い。時間の余裕も心の余裕も。
それでもやっぱり何か面白い本読みたいな〜と思って、息子の手を引き本屋(主にダイエー上磯店)に行っても、ゆっくりブラウジングできる訳が無い。学生時代から読み続けている村上春樹とか野口悠紀雄とかの新刊本やら、たま〜に芥川賞受賞作品やら、要するに時間とお金の無駄を極力避けた、今一つ新鮮味の欠けるセレクトをして、強引に満足して帰ってきてしまうという低鱈苦(当て字)。
だからといって「仕事が嫌だぁ辞めたいよぅ」「育児も家事もウザったいよぅ」と世の中に嫌気が差していた訳ではなく、「兼業主婦にだってトキメキが欲しいよね」くらいに刺激を求めていたその頃。
テレビや新聞のニュースを、ちょっと賑わしていた本があった。
『ハリー・ポッターと賢者の石』。
世界的なベストセラー。ダイエーですら平積みし始めていた。
「へーそうなんだ」とは思ったけれど、ベストセラーだからといってすぐ飛びつく余裕は前記の通りなかったので、しばらく知らないふりをしていた。私ファンタジー苦手だし(モモもはてしない物語も、読んでいる途中で飽きちゃった)。
 でも、イギリスの子どもたちが寝食を忘れて読み耽っている姿をテレビで見、「ゲームなんかよりも面白いわ!」のようなコメントを聞くにつれ、「小学校の教員として、ここは一つ話題の児童文学を読んでおいた方がいいんじゃないだろうか」と考え始め(普段はなんちゃって教師を気取っている割に、都合のいい時になると教育者根性を出すのは私の悪い癖です)、当時職場で図書の仕事をしていたのも後押しして、ちょいと町の図書館から借りてきて読んだ(実は「ちょいと」でもなかった。人気があって二ヶ月以上も順番待ちした)。
子どものための物語ということもあって、読みながら「子どもだったらどんなところに面白味を感じるだろう」と念頭に置いていた。何だか教材研究みたい…。
そして教材研究()の結果。
一、 魔法使いという使い古しの設定がかえって目新しい(一時魔女っ子物アニメが盛んにリメイクされていたなぁ)。
二、 主人公が実は魔法使いだと判明するまで、話を引っ張るにいいだけ引っ張っている(最初の四分の一くらいまで)。
三、 引っ張られている間、物凄く虐げられた生活をしている主人公。小公女バリに。のっけから主人公への同情度アップ&読者の正義感くすぐられっぱなし。
四、 魔法使いだと分かるや否や、「実は有名人なんです!」「お金持ちなんです!」「気が付かないだけで、すっごいパワーを持っていたんです!」と、怒涛のように押し寄せる優越感の波(子どもって、主人公にスイッチしやすいし)。
五、 魔法の杖、透明マント、魔法のチェスなど、魅力的なアイテム満載(でも私は「百味ビーンズ」だけは絶対に食べたいと思わない。バタービールは是非飲みたいけど)。
六、 最後には、はんで押したように勧善懲悪。週刊少年ジャンプの編集方針と同じ。
七、 ハリー・ポッターシリーズ全編に言えるのが、伏線がとても多いということ。まるで謎解きのように繰り返される伏線明しは推理小説みたい。推理小説は読み出したら止められない止まらない。私は推理物が大好きでよく読むけれど、『賢者の石』(第一作)の冒頭でハグリットがバイクに乗っていた伏線が、『アズカバンの囚人』(第三作)で明かされたのにはドッテンたまげた。そういえばハグリットがバイクに乗るなんてどう考えても不自然じゃん!どうして気が付かなかった私!キーくやしいっ。
八、 本が厚い。原作版(というか初版版)はペーパーバックで大人向けの本と同じ。出版当初は「こんな厚い児童書は売れない」と言われていたらしい。ハリー・ポッターを読了→スゴイ!こんな厚い本読んじゃった!頭いいのかもしれない!と、読んだ本人や保護者を勘違いさせるのにピッタリ。事実うちの教頭が、『炎のゴブレット』発売五日後、「うちの息子もう読み終わった」と自慢していた。教頭先生!それって思う壺ですから!
 
ところが、その思う壺に、子どもじゃないのにハマってしまったいいオバサンが一人。それは私。
当然図書館の本で満足いく訳が無く、本屋で『賢者の石』と、当時もう発売していた『秘密の部屋』を購入した。翻訳書は値が張るのに一気に二冊。もちろん夫にはヒ・ミ・ツ♪数年前『薔薇の名前』を買うのに、欲しかったスカートを一着諦めていたあの頃の私は可愛かったなあ。でもいいの、頑張ってるもん主婦(大嘘)。
と、何だかんだ言っている内に映画化もされてしまい、何と夫がタダ券を調達してくれて(お父さんよくやった!)、ニコニコしながら鑑賞。かっ可愛すぎるハリー!こんな男の子が自分の息子だったらどんなにか…(とは口が裂けても言えない)。期待を裏切らなかった映画の製作者に心の中でスタンディングオベーション。
そして私のポッタリアン化はまだまだ続く。この時点で既に第三作『アズカバンの囚人』は購入済みだし、『炎のゴブレット』は予約して発売日に手に入れたし(もうヒミツもへったくれも無い)、挙句の果てDVDまで買っちゃうし(プレーヤーが無いからパソコンで観ている)。
以前トイザらスで、『ハリー・ポッターの魔法の箒』が売られていた。振ると「びよょょょん」とか「しゅいぃぃぃん」とか安っぽい音が鳴った。柄の所には「HarryPotter」と書かれていた…が、これが気に入らず、
「違う!ここは『Nimbus2000』と書かれなきゃいけない筈!」
「更に言わせて貰えば、時代は既に『ファイヤーボルト』!そうだよね!」
と、息子に熱く語った。息子も仕方なく「そうだね」と言っていた。数日後息子はチラシで箒を作っていたが、それには『にんばす2000』と書かれていた。母のツッコミが怖かったらしい。
さ!映画化第二作も早く観に行かなきゃ!前売り券を裏手口使って千円で買っちゃった♪二回観に行っちゃお〜!煩悩するママさん教師。困ったぞ(笑)
 
煩悩ついでにもう一つ。
私は以前から舞台モノ、特に劇団四季のミュージカルが好きだったけど、結婚してからは観に行く気になれなかった。興味の無い夫を引っ張って、我慢させてまで一緒させるのは悪いし、こっちだって楽しめないのがミエミエ。その割には夫に付き合ってプロ野球観に神宮球場とか横浜球場とか行っちゃっていたけど。妻って損。そんな訳で、結婚二ヶ月前友達と観た『オペラ座の怪人』だけを心の支えに、良妻生活(←自分で打っておいて激しい罪悪感)を送っていた。
およそ六年前、夫が修学旅行の引率で、赤坂ミュージカル劇場(今は無い)にて『美女と野獣』を観劇し、感激した(これはシャレです)。私は自分のミュージカル好きをあまり吹聴していなかったので、夫は、
「すごく良かったよ!」
と、感動を遠慮なく伝えてきた。
「すごく良いのなんかとっくに知ってるよチクショー。一人で盛り上がってズルイ。私も観たいのにっ!」
という内心が顔に出ていたのか、夫はにわかに私に気を遣い出した。その年の冬、長男が生まれて以降初めての『東京旅行』が敢行されることになり、更に、
「美女と野獣観に行けば。元(長男・当時一歳)はホテルで面倒見てるから。」
ということになった。えーウソみたい!お父さんありがとっ!この頃やけに優しい夫。何か心にやましい物があったのかもしれない。
結果を言ってしまえば、チケットを取るのに出遅れ、この時は美女と野獣を観ることができなかった(劇団四季のチケットは、今でこそネットを通じて簡単に予約できるけれども、かつて地方の人間にとっては、取るのに非常に難儀する代物だった)。未練たらしく劇場まで行き、看板の前で記念撮影をしたぐらいにして。息子はウルトラマン像の前でポーズをとって(赤坂ミュージカル劇場はTBSと同じ敷地内にあった)。
次の年、夫はまたもや修学旅行で『オペラ座の怪人』を観、美女と野獣以上に感激して、そして冬休みには東京旅行、今度はばっちりチケットを取り、家族三人で観劇することに成功した。
ここで問題になってくるのが二歳の息子。ぐずられたらまわりに迷惑かけるしなぁ…。ということで、旅行の一ヶ月くらい前から『オペラ座の怪人』のCDをかけっぱなしにし、息子に歌を覚えさせるという『マインドコントロール作戦』に出た。家の中でも車の中でも鳴り響くオペラ座の怪人。
この頃撮影したビデオを見ると、最高音ハイEの『The Phantom of the Opera』を、血管切れそうになりながら歌う息子の姿がある。一緒に映っているのは爆笑をこらえて見守る母(私)。小刻みに震える画面は撮影者である父(夫)の責任。
我々の涙ぐましい努力?が功を奏し、息子は三時間近い開演中、泣くでもなく騒ぐでもなく、無難に過ごしてくれた。今でも「オペラ座の怪人でこんな踊りやってた」と言って実演したり、「終わった後ロビーでブドウジュース飲んだ」とやけに仔細に覚えていたりするあたり、幼児でもそこそこ楽しめたのかなぁと思う。
三年半ぶりのミュージカルに私は感涙だった。オペラ座〜は三回目だったけど、初めの二回は札幌だった。というか、全ミュージカル通じて実は東京公演は初めて。生オケです生オケ!上演中指揮者がピョコタンピョコタンとオケピから見え隠れするのもいとおかし。そしておそらく客層も違う。リピーターの数は札幌とは比べ物にならないらしい。演じる役者さんたちも手抜きは出来ないし、当然舞台の質が高いって。札幌で払ったチケット代返せ。
そんなこんなあって以来、我が家は一家あげての『ミュージカルおたく』になってしまった。次の年から始まり、今でもロングランを続けているミュージカル『ライオンキング』なんかは、もう家族で六回も観てしまった(夫なんか修学旅行もあったから七回観ている)。それだけ回を重ねると、
「あのミュージカルはね、○階席の●番の席付近がオススメ。」
と友人にアドバイス出来るようになったり(やな奴ですか?)、クリスマスに観た時にはカーテンコールで出演者全員がクリスマスソングを歌ってくれたりとか、とうとう息子がライオンキングの縫いぐるみを全種類売店で買い揃えてしまったりとか、浜松町の四季劇場に付設しているカフェのエスプレッソは安くて美味しいとか、いろいろな事件や発見に出くわすことができた。ミュージカル観劇は、我が家の年中行事の一つになった。今ちょっと計算してみたら、チケット代だけで劇団四季に三十万円以上貢いでいるあたしンち。あーあ知〜らない(一家の主婦とは思えぬ発言)。
でも、今実は妊娠中の私。お腹の中にいる人が二歳くらいになるまでは、またミュージカルもおあずけだなぁ…ちょっとガッカリ。と思っていたら、夫曰く、
「俺と元二人で観に行くから。お母さんと赤んぼはホテルで留守番!」
と!ズズズズルイッ!母親ってやっぱり損です(怒)。終わり。
 
近況報告。
「えー何で?」と言われそうですが、私は青森県民になりました。もう二回目の冬です。
何でこうなったかというと、「いろいろあったから」としか言えないのですが、青森に移住する前、先に渡っていた夫には四年間単身赴任させたり(ということは、私は四年間家事も育児もほとんど負担したんだぞ!感謝して欲しい)、この年になって二回も教員採用試験を受けたり(一回はブチ落ちて、一回は合格して今に至る)、大変ったら大変だったけれど、過ぎてしまえばそうでも無かったように感じています。
青森市民になって、まわりの方々には「もう慣れた?」と聞かれますが、よく考えてみれば毎日毎日家と職場と息子のお迎えという守備範囲。これって函館にいる時とおんなじ。住んでいる場所とライフスタイルってあんまり関連性ないのかなぁ…と考えたりもします(バグダッドとかエルサレムとかに住めば話は別だけど)。
ただ言葉には慣れないね(笑)。私は自分の喋りには訛りがあると自覚していたし、夫は生まれも育ちも青森。楽勝モード入っていたのですが、新しい職場に行って、年度始めの職員会議で話される内容が聞き取れなかった時には、あまりのヤバさに冷や汗ダ〜ラダラ。まぁでも、担任する子どもたちは大丈夫だろうと余裕こいていましたが、これもかなりヤバかったです。
「先生、全部カガネァマイねんだが?」
「先生、コンキ?」
「先生、ドンダンズ?」
とか言われたって、わかんないから!肯定していいのか否定していいのかすら分からない究極のヤバさ。考えてみれば、私はクッキリ函館弁だし、夫は北海道生活が長いのですっかりバイリンガルだったんです。ほんっとダンナって頼りにならないよねっ。都合の悪いことはみんな夫のせい。
私も相当戸惑ったけれど、まわりもかなり困惑していた様子で、子どもたちに「佐藤先生は日本人じゃないハンで」とか言われたことも(じゃあアンタ等は何人だい。第一この『ハンで』も最初は「何それ。ハンデキャップのハンデ?」と思っていたし)。
でも最近は、「津軽弁の真似」という芸も出来るようになりました。次回皆様の前に姿を現す時、私はすっかり津軽弁の女になっているかもしれません。その際は褒めてやって下さい。
実務の面では、まだ向こうにいた頃、「青森って教師の仕事大変らしいよ〜」と同僚から散々脅かされてきた割にはそれ程でもなく、かえって「あれ?何かこっちの方が楽?」と思われることも多々。よく考えてみれば同じ職種だし。普通の転勤と同じでした。よかった……。
青森に渡って本当にありがたいと思ったのは、ここは子育てしながら働きやすい土壌だということです。どういう事情か分からないけれど、こっちでは専業主婦はワシントン条約で保護されるくらい絶滅寸前で(私の受け持ち学級では絶滅した)、そのため働くお母さんに手厚い面がたくさんあります。保育園にまで通園バスがあるんですよ。驚いたね。
うちのばかボンズは現在小学一年生ですが、入学していきなり助かりました。というのは、放課後の学童保育所が校内に設置されていて、そこには専門の先生方(多くは既に退職した教師らしい)がいます。息子も、授業が終わったら、一年生の教室の並びにある学童保育の教室に行き、おやつを食べたり宿題をしたり遊んだりして、楽しく過ごすのです(ホント楽しいらしい。夏休みですら行きたがるもん)。あーありがたやありがたや。これが無かったらどうなっていたことやら。
こんな感じで、青森二年目私のママさん教師生活はまずまず順調…とのん気に言っていたら、何とびっくり二人目を妊娠。
「生むのもいい。育てるのもいい。つわりアンド貧血地獄の間仕事するのだけはほんっと一生嫌っ!(誰か偉くなって妊婦と判明した段階で産前休暇取れるようにして下さい…)。子どもは一人で十分ですっ。」
と広く世間様に公言していたのに、あれ?現在産前休暇の真っ最中?
育児休業も最長三年とれることになったし、ますます津軽弁から遠ざかる毎日……がんばれ新米青森県民!家も建てちゃったし永住決定だぞ!(ちょっと不本意←夫には内密に…)と、自分を励ましつつ、おしまい。
 
追伸。この原稿が完成する前に、映画『ハリー・ポッターと秘密の部屋』を観に行きました。
@ 公式HPで初めてロックハート先生を見た時、「え〜何かちょっと違う」と思い、不安を感じていたが、さほど変ではなくて安心した。でもやっぱり私のイメージじゃない。まぁいいか。きっともう出てこないし(たぶん)。
A マルフォイ父が想像以上に格好良かった。これから出番が増える役なので頑張って欲しい。と、私に言われたくはないだろうけど。
B Nimbus2001が物凄いハイテク箒っぽくて笑えた。ファイヤーボルトはきっと朱塗りに金の彫りが入っているに違いない。
C ハリーの腕の骨が無くなったところが割と普通だった。ハリー・ポッターは今後どんどんグロくなるけど、映像的に不自然にならないことを祈る。ハリーに鰓が出来るシーンが今から心配……。
D ボンズが初めて上映中トイレに行かなかった。嬉しい。夫が「暑い暑い」と言ってズボンをめくり、脛毛を世間様にご披露しているのがたまらなく嫌だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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