移動祝祭日
近藤隆義
 
 函館山の裾の方、愛宕グラウンドの裏にしばらく居候していた。
 
 昼前に家を出て、グラウンドを横切り、急な舟見坂をそろそろ降りて弁天町へ。弥生小学校と中華会館の間を通って二十間坂方向へ進む。明治館内オリエンタルキッチンの日替わりランチの内容が気になるが、二十間坂は路肩が凍っていて、危ないので断念。坂を横切り宝来町へ向かう。
 五島軒横の駐車場に車がないので、Sは出かけているようだ。
 東京庵の看板を見あげつつ、今日は蕎麦の腹ではないのを確認。ロードヒーティングの効いた道路に感謝しつつ、旧水道局の横へ出る。
 いつもながら十字街とはずいぶんかっこういい名前だなと思う。
この間見た映画には、ギターを持って四つ辻に立って待っていると悪魔が現れ、なけなしのお金と魂を差し出せば、恐るべき腕前にしてくれるというロバートジョンスンの伝説が元になったシーンがあったが、一緒に見ていたSに、
「いくら出す?」と尋ねたら、
「二千円」と、しみったれた金額が出て、
「でも、オルガン引っ張っていくのは辛いなあ」
 などと本気ともつかないことをいうので笑ったことを思い出した。
 
 さぞ昔は賑やかだっただろう末広町をぶらぶらと電車道に沿って歩く。そろそろ時分なので、江口眼科の看護婦さんも両手にお弁当をかかえて急ぎ足だ。
 
 この時間にはTUTUはまだ閉まっている。昨日、Iに頼まれていたCDを持って出るのを忘れてきたことに気付く。あの急な舟見坂をまた登るのかとウンザリする。明日にしてもらおう。
 
 宝来町電停を右に折れて、ジョリジェリフィッシュに到着。厨房を覗くとKがいた。
「ビーフカツ」
「はいよ、チキントマトね」
 毎回、一応注文してはみるのだが、Kのつくりたいものを食べさせられることになる。
 
「そうそう、お願いがあるんだけど」
(そらきた。たぶん阿さ利でコロッケ買ってきてだよ)と思い、
「何個?」と聞き返すと、
「判ってるくせに。箱入りよろしく」
 すき焼きで座敷に上がるとビックリするほど取られる老舗阿さ利だが、実はこのコロッケが安くてうまいのだ。たくさん買うと箱に入れてくれる。
 足をすべらせつつ阿さ利へ。二十個買っても千円でおつりがくる。帰ってくるとチキンのトマトソース煮に小さいビーフカツがのっけてある。おまけにコロッケも二つ呉れたのではとても食べきれない。残りはドギーにしてもらい、持って返ることにする。店の前に停めさせてもらっていた車のバッテリーがあがってないことを念じつつキーを捻る。ダメだ。もう一日置いておいてもらおう。
 
 クラクションの音で振り向くと、満面の笑みを浮かべてカニ屋のKさんとS。
「やっぱりここか」
「行くべ」
 ああ、図書館に本を返さなくてはいけないのにと思いながらも車に乗せられKさんのマンションへ。
「今日は時間ないから半荘4回ね」
 人を呼んでおいて時間がないというのもすごい言い草だなあと感心。厳しい打ち筋にヒーヒー言いながらも何とかとんとんに収める。
 
 帰りの車の中でSがニコニコして
「腹、減ってないか?大門とんきでどうだ?」
 ああ、こいつがとんきというからにはまた面倒くさいことが……、などといいつつしっかりヒレカツとカキフライ盛り合わせをご飯のお代わりまでして堪能する。
 前に注文したときに
「ヒレカキ一丁!」と奥に通していたので、成る程そう略すのかと
「ヒレカキお願いします」といったら、仲居さんがニヤリと笑って
「カキヒレ一丁!」
何のことはない。からかわれているのだ。
 
 前に座るSの
「食ったな?腹一杯だな?」
との念押しに残ったご飯をお茶漬けにしてかっこみながらシブシブうなずく。今日のとんきは、犬小屋製作手数料の手付けということらしい。
 それでは材料でも買いにいきますかと店を出たとたんに、
「大門に来て、何でうちで食わない?」
 とんき並びの中華料理屋かりんのチーフだ。後ろには、友人のA。チーフにいつも説教されるSはグリーンベルトを乗り越え逃走している。明日必ず行くということを約束させられ解放。
 
 本日休みだったAにも手伝ってもらい、雪に潰れず、ガッチリした犬小屋。おまけに掃除が容易で熊が入るくらいの大きさという難題をクリア。何とか完成。3人で栄町の銭湯白山湯へ。
 一度Sと函館市内の銭湯・温泉の全制覇を目論んだのだが西部地区からスタートしたのが良く無かったようで、ここ白山湯のあまりの居心地の良さに計画は頓挫。以後通うつめることとなった。
 
 犬の散歩に向かうSと分かれ、Aが乗っていた現場使用の四駆で舟見坂アタックを提案する。旧ロシア領事館の壁に突っ込みそうになりつつも負けず嫌いのAの奮闘の結果、愛宕グラウンドへ到着。
「ご苦労。まあ、コーヒーでも」
 などとストーブに火をいれたら着電。大家さんから忘れ物をしたので届けて欲しいとのこと。Aの四駆でまたもや船見坂を下る。明治館内のシャノワールに到着。お駄賃がわりの熱いコーヒーが効いているうちに、舞う雪を肩に受けつつ、長い坂を登り家に帰るのだ。
 
 現在、ほとんどの店はなくなり、行方の知れなくなった知人・友人もいる。懐かしいようなゾッとするような不思議に甘い日々であったが、アーネスト・ヘミングウェイが綴った追憶のロマンチックなパリに劣らず、函館は私の「移動祝祭日」である。
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