Kのこだわり
やしべほう
 
 この話がKの口から後先も考えずに語られたのであれば 馬鹿な奴だと思うところだが しかして どうにも吐き出さずにいられなかったとしたなら こうして伝える私もまた 馬鹿なのである
 
 Kは 姿勢の正しい女であった いつでも そう姿勢を良くできるものじゃないよと感心したものだ お世辞を言ったところでKは口元をゆるめ 
―これが唯一の欠点なのよ こだわりでもあるのだけれどね 
そう呟いていたと記憶している
ところで 昨年 別れた妻のもとを離れて私の息子が帰ってきた これがKの息子と私の息子とがクラスメイトになるきっかけであったことを 先に伝えておこうと思う 
 今でも彼らは親友である
 けっして大人の都合によって また 浅はかな憶測によって 彼らの信頼関係を乱すことのないように 願わくばそっとしておいて欲しいものだ
 さて 話を進めよう 二学期が始まったばかりのころだったか 
 私は仕事を切り上げ早々に学校へと向かっていた 男親として授業参観に行くことは何度出向こうにも照れくさかった 
 あいかはらずぴんと背筋を伸ばしてKが廊下に佇んでいた Kとは中学時代の同級生であったから 地元に残った者同士どちらともなくニッと会釈をする間柄である そうして その日に限ってはどうも Kの様子がおかしいことに私は気づいていた 
 薄日に照らされた髪は傍目にも櫛を通していないと気が付く どことなく顔色も優れない様子で 床から這い出した病人のソレである 
 なんとはなしにそのことを尋ねるのも躊躇われたので 
―久方振りだけれど 幾分痩せたんじゃあないか?
ときりだすと 案の定 伏目がちに そんなことないわよとの返答をくれた 
 それ以上の詮索は邪推であって はたして私の方はといへば 途切れた会話の間に息子達の話題を取り入れようかと考えていた
 授業は「 生きものの誕生 」をテーマとしたものだった 給食の残り香が充満する教室では 食欲を満たした子供達の欠伸を堪えているといった風が見られる
 我が息子も例に漏れず 大あくびを教科書で覆っていた 仕方のない奴だと苦笑いすると私の関心はKの息子へと移っていた 
 無表情に肘をつき誰はばかることなく 窓の外を眺めている
 その場にいる母親達は 皆一様に気づいていたろうが 当然そ知らぬふりを通していた
 彼の横顔にどことなく物静かなKの面影を見るようだった お陰で目立ちはしないものの 何が違うのか きつい印象を感じずにはいられなかった 
 男の子といふことも起因しているのだらうが やはりこの土地 特有の子供たちにある 素朴なものが欠けている気がする 前にも彼を見かけたさいに 私はこのような感じを受けたろうかと首をかしげていた しかして 大人びているのだろうと察した私は Kにそのことを微笑み伝えると これが思わぬ効果をもたらせたようである
 Kは 飲み込みかけた息を吐き出し すぐにも虚ろな眼を窓辺の方へと向けてしまった
 工作室に置き去りにされた粘土の匂いがその場の空気と混ざり合い 強調されて Kにまとわり着いたようだった
けれども時をかけたなら その澱みを澄んだ空気と分かつまでにいたるだろうと思われた
 そうして終業ベルの音とともに 私がその場から逃げ去ったことはいふまでもない 
いくらひと時とはいへ 人様の立ち入ったことになんら関わりたくなかったのである
重々しい沈黙は耐え難く それほど酷いことをしたつもりになくとも それでいて正直 罰が悪い
 わが子の勤勉な姿をいくらも知ることなく急ぎ もとから小心であった自分がKの事情をなんともないこととしたくあったのだと気がついた頃には 家に辿り着いていた
日々そういった何らかの事柄をきりよく済まさねばやってはいけない それこそ他人様のような軽薄さで自分に言い聞かせて 次にはドアに手を伸ばす これが私の変わらずのありきたりである
 これで済めばよかった 事実それだけではすまされなかった
 
 その日の夜 子供を布団に追いやり ちょうどソファーに腰を下ろして缶ビールのプルタブに爪を掛けたときのこと
電話は Kからである 我が家の電話番号をよく知っていたなぁとまずは感心したものだ
 すぐに連絡網といふものがあったかと合点がいった だが その弱弱しい口調といい深刻そうにもったいぶった沈黙といい 受話器の向こうの間が あるいはKにたいして疑いを抱かせていた
 あきらかに相談を持ちかけようとしているらしいが 唐突に私といふものを選んだわけが分からない お互いの素性を良く知るほど過去に語りつくした覚えもなく 学生時代 懇意にして遊んだ仲間でもなかった またKにしても知人のそれ以上に親しみを持ち 私と接していたとは考え難い
 Kは 子供の頃よりどこか 人と一線をおくようなところがあった 
 いや それよりも親や親友から金の借用やら保証人をせがまれた経緯を持つ我が身としては 深刻な話ほど身構える脅迫染みた衝動が前面に出てしまう
 どういった用件なのか曖昧で 聞き役に徹するか戸惑っていると 一体全体 少しばかり顔見知りの人々にも気軽く話してしまうような口ぶりで Kの段々と明るく冗談めかせて話すたわいもない調子が窺える
 憮然として つい聞き入る態度も相槌も忘れたところ Kはすぐさま ごめんなさいとだけ付け加えて電話を切ってしまった
 私は Kの謝る態度にやり切れなくなり やんわりとそれでどうしたの?と尋ねるところであったが(あるいはこれが従来の失敗の種だったのかもしれないが)無愛想な態度をとったことが 急に過ちであると思われた
 お互いの子供同士 仲が良いのだから あるいは子供のことで話しがあるのかもしれない
 つまりは 先程までそういったことに考えも及ばないでいたのだから 自分本位のせせこましさを 苦々しくかみ締めることとなる
 翌朝 寝ぼすけの子供を起こして身支度をさせると Kの息子のことを尋ねていた
すると 
―わからないけれど最近は一緒に遊んでいない ちょっとのこともすぐ怒るようになったからクラスメイトが避けている 
 とのこと
 昨晩のKにたいする負い目もあってか 私は Kの息子の様子が おざなりにできないことのように思えてならなった
 
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