夏井邦男先生 御退官 おめでとうございます
能瀬 明
 
 夏井先生、御退官おめでとうございます。長い間ご苦労様でした。昭和六十二年から平成二年までの四年間、国語第一研究室でお世話になった、能瀬明です。
 先生は私のことを憶えておいででしょうか。大きな黒縁のめがねをかけ、だらしない長髪で、いつもジーンズとダンガリーシャツを着ていたのが私です。軽音楽同好会に所属し、国三の宮川君とロックバンドを組んで歌っていました。もし憶えて下さっていたら、これほどうれしいことはありません。長のご無沙汰、大変失礼しております。
 お元気でお過ごしですか。私は元気でがんばっています。今、私は故郷の富山県に戻り、山の麓の小さな中学校で、国語科の教員をしています。学生の頃からの夢であった「教職」に従事できていることが、何よりの幸せです。これもひとえに、夏井先生と先生を囲む人々の輪に加えていただいたおかげだと、深く感じ入る毎日です。
 今、「中学校」が多くの問題を抱え、関わる全ての人々が問題と向き合うことを余儀なくされていることは、日々の報道でも明らかなことです。私の勤める学校も例外ではありません。暗中を手探りで進むような日々が、長い間続いているのが現状です。
 しかし今日まで、私の「教職」という仕事に寄せる思いが、揺らぐことは一度もありませんでした。北海道教育大学で過ごした四年間が礎となって、私の中に揺るぎなくあるからです。
 函館で過ごした四年間は、私の人生にとって大きな意味をもつ時間になりました。最も貴重なことは、夏井先生のもとで学べたことでした。先生のもとで学んだ四年間を、私は終生忘れぬだろうと思います。心から感謝しております。
 私は夏井先生の講義を聴くのが好きでした。「学ぶ」ことの本質に触れる瞬間がたくさんあったからです。
 週一回の国一ゼミで「方言」についてディスカッションしたとき、故郷の言葉「富山弁」を扱っていただいたことがありました。録音された富山弁を聴いた上で、課題に対する自分の考えを交流する時間でした。私はその授業で生まれて初めて、「言葉」に温度があることを実感しました。「方言がもつ暖かみ」と、言葉にしてしまえばありきたりの言い方しかできません。しかし、富山にい続けることに満足できず、故郷を飛び出した私にとって、「富山弁」から「言葉の温度」を実感できたことには、大きな意味がありました。それは心を揺さぶられる体験でした。知的な興奮を生まれて初めて味わいました。
 自分の頭で考えて行動し、能動的に学ぶことの楽しさと大切さを、夏井先生に教えていただきました。その時に得た実感が今も心の中にあって、怠惰な私の背中を押してくれるのです。
 私は国語第一研究室が好きでした。心が落ち着く空間でした。私が在籍した頃の国語第一研究室には、美しい女性が多数在籍しており、そのおかげでいつも研究室の中は華やかで温かい雰囲気だったことをよく憶えています。その中にあって同輩(私を含めた)男性三人組(橋本清安、宮下敏夫、そして私)はキャラクターが濃く、異質なムードを醸し出していたので、もしかしたら夏井先生の記憶の隅に残っているかもしれません。
 忘れられないのが、夏井先生と宴席をともにできたことです。在学中に先生を囲んで、何度となく宴席が設けられましたが、その時に聴かせていただいた「函館自慢」のお話を、今でもよく憶えています。市内の数多い観光スポットや名産品の数々を、時には歴史的な背景も含めて教えていただきました。「函館ってそんなにいいところなんだ〜」「来てよかった〜」と思った生徒は多かったと思います。誰より私がそう感じていました。先生が「自分の生まれ育った場所」をとても大切にしておられることが、ひしひしと伝わってきました。「函館自慢」のお話を聞くたびに私は、心がいやされるような気持ちでいました。一念発起し、生まれ育った富山を遠く離れて、函館に飛び込んできた私にとって、「こんなにいい街に俺は来たんだな。決断は間違っていなかった」と思えることは、とても大切なことだったのです。
 宴酣になると先生が決まって歌われた「銀座の恋の物語」が好きでした。国一が誇る美女軍団(笑)に囲まれて、にこやかに歌っておられた姿を今でもはっきり憶えています。とても幸せそうでした(笑)。不肖私めが、マイクを握って歌った後には、
「能瀬君、いい声だね〜」
 と何度もほめていただきました。なんだか誇らしいような、くすぐったい気持ちになりました。一度、夏井先生にリスエスとを頂いたことがありました。
「能瀬君、この曲歌ってくれないか。『霧の摩周湖』。能瀬君に是非歌ってほしいんだよ。」
 後にそれが布施明の歌った名曲だと知りましたが、その時に先生のリクエストにお答えできなかったことが、今でも心残りです。後に玉光堂でCDを購入し、(軽音楽同好会の活動の合間に)密かに練習していたのですが、先生にお聴かせする機会のないまま卒業してしまいました。
 私が教職に就いて今年で十七年目になりました。多くの方々に支えて頂いて、今こうしてここにあることを実感する毎日です。迷ったり悩んだりしたときには、先生に頂いた言葉を思い出します。これから先も私は、夏井先生に頂いた言葉を心に住まわせて、学び続けたいと思います。そうすることが、先生から頂いたご恩に報いる数少ない方法の一つだと感じているのです。夏井先生、ありがとうございました。先生のご健康とご多幸を心から祈っております。
 
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