かっこうの巣の中で
元 国三室長 野呂智幸
(本誌発起人)
 
 この同人誌の成り立ちをはっきり書いておかなくてはならない時期がやってきたようである。
 組織というものは、成立してから幾年かを経るとはじめのころの気構えや趣旨などが忘れ去られ、ひとり歩きする宿命にあるらしい。
 実は、私も忘れていた一人であったことを今白状する。しかし、宮川氏との電話でのやり取りではっきりと思い出した。
 事の始まりは、私の何気ない一言で始まった。
「『カラ元気』みたいな同人誌作ってみないか。」
それに大賛成の宮川氏。国三の同期のメンバーで同人誌を出すことを提案。
「太宰は一巻で終わったから、これも卒業記念で一巻きりってことでいいよな。」
こんな単純な経緯で当誌はこの世に生まれ出たことを思い出す。
(次の発刊が予定されていない証拠に、「第一集」の文字がない。)
 さらには宮川氏持ち前の「仲よきことは美しき哉」で、国三同期に限らずお世話になった先輩・書いてみたい同輩にも声を掛けてみたら、という発言があり、当初の趣旨は曲げず、ゲスト・顧問等の形をとり、善意からたくさんの方々にご参加いただく運びとなった。
 国三を核とする集まりということで、後見人とも言うべきポストに安東璋二先生に座っていただくということに、誰もが納得した。巻頭の言までいただきたいへん心強く思った。我々の感謝のあらわれとして当然、初めての我々の手による「青い花」を安東先生に贈呈したわけである。
 その後、卒業してから函館国語会で神田氏と私が再会し、何とはなしに「青い花」のことが話題に上がり、再度発刊という発想が生まれた。宮川氏にそれを伝えたところ、またもや大賛成で、それ以降毎年発刊と決め、定例化されるに至った。
 あらましはこんなものであるが、付け加えておくべき事は、この同人誌が、その同人全てが何物にも束縛されず、全く自由な発想で思うが儘に文芸を楽しんでもらうために作られたのだ、ということである。
(狭間を楽しむために)
 何人たりとも我々を束縛しえないはずである。
 大いなる勘違いに向けて。・・・かっこうの巣より一筆申し上げ候
 
 
 
 
 
 
 
 
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