ゆあ あいず すとおりい 2.75
宮下敏夫
 
 「文学なんてもんは、その作者が<世界から疎外>されなきゃ書かれないんだよ。」
言葉が空中分解する。自己言及的言説は<語り手>本人を不快にさせる。しかし、続ける。
「現実というか日常生活に何のズレも感じない人は<書く>ことなんてしないんだよ。」
「だから言葉なんてそのズレを埋める・・・」
暴言である。自己の言説の誤りに気づく。文字通り言葉につまる。
 伝えたいという思いは、伝えられる者にとっての重荷以外のなにものでもない。それでも信じるしかない。何を?!言葉を?!
 いや「言葉」はそんなものではない。
 
 透は高校時代に綴った雑記帳をめくって苦笑した。視覚が奪われつつある今、そんな雑感も微笑みのうちに消費された。問題は、形而上的なものではない。より具体的なもの、地上にへばりつく存在である。そのような感触をもっていた。彼の「師」が隠れてからというものの、それまで取り憑かれたように魅せられていた「物語」の世界。今はむしろ、非言語の極みを遠く見据えるようになった。
 その頃、透の兄のである徹は八年の拘留を経て釈放されていた。透からの手紙は彼の手元に届いていなかった。
 裏門から出ても迎えに来ている者はいるはずもなかった。八月の暑い日差しと、光の眩しさにふと透のことを思い出した。
「家に行くか・・・。」
そう呟いて歩き始めたときだった。一人女性が立っていた。年齢の頃は25、6か。
「徹さんですよね。」
「え、ええ、そうですが、それが?」
「失礼しました。私、山際あかねと申します。透さんに貴方をお連れするように言われてますので。」
「じゃ、N市まで行くのか。」
「いいえ、そこはもう・・・。今はこの市内です。一緒に行きましょう。詳しいことは車の中で。」
車に乗り込むと初老の男性が運転席にいた。彼は秋谷と名乗った。
                              つづく
 
 
 
 
 
 
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