太田英彦
 
 朝と夕方、毎日車で通勤する途中に見るネオンの看板がある。夕暮れ時にはぼんやりと青色に電気が灯り、地上3,4メートルのところに立っていて、急な左カーブがを曲がって、上り道を一分ほど走ると左手に見え始める。
 朝はさほど気にも留めないのだが、夕方六時頃、疲れた頭で車を走らせ、いつもの急なカーブに近づくころになると、そろそろかな、と思い、見えると、なぜか気分が落ち着いて、体のだるさも疲れも心地よいものに変わる。
 春夏秋冬と、それぞれに周りの景色(と言っても県道で、道路沿いには十件ほどの民家と、理髪店が一件と、自動車整備工場が一件あるだけで、あとは全部畑)と一緒に、それなりの表情を魅せてくれる。元はといえば、そのネオンは、昔そこにあった喫茶店のもので、店舗がつぶれてなくなり、ネオンだけ残ったというわけである。
 先日、大雪の日にそこを通ったら、いつもと何か様子が違う。どうしてだろうとと思ってよく見れば、ネオンの最初の文字「n」が割れてしまっているではないか。
 たぶん、いつも目にする通学途中の小学生たちが、石か何かで割ったのだろう。何だか間が抜けたようになってしまっており、少しかわいそうな気もしたが、よく考えれば、この五年間、今まで一度もいたずらされなかったということが不思議だったのかもしれない。
 
 車のヘッドライトがを鉄のパイプで割られたことがあった。
 
 ある人に、
「本当に、幸せなひとね。」
と言われた。夜中になかなか寝つけなくて、ふらっとドライブに出かけ、海の近くの公園で一時間ほどブランコで遊んだ。車は、下の駐車場に、エンジンをかけたまま止めていた。一月の下旬で、雪がちらちらと降っていた。
 急に駐車場の方で、「ガシャン!」と音がしたので、走って行ってみると、車の左側のヘッドライトに、鉄のパイプが突っ込まれてある。バルブは、粉々に砕けて散らばっていた。誰がやったのか、辺りを見回しても、誰もいない。人の気配もない。
 車のラジオをつけっぱなしにしていたので、FMからは、ピアノの音が聞こえている。でも、こんなに大きな音にはしていなかった。車を離れる時、もっとボリュームを絞った。誰かが大きくしたのだろうか。ガラスがびりびり震えるほど音が外に漏れてくる。
 エンジンを切った。ライトも消した。リアシートで小さくなり、朝の六時まで眠った。しっかりドアのロックをして。
 
 大好きだった女の子を、やっとのことでドライブに誘い、OKしてもらった時、うれしくて眠れず、一時間ほど車を飛ばして、高原の道路沿いの駐車場に車を止め、明け方まで外でビールを飲んだことがあった。三缶ほど飲んだ。酔いがまわり、ふらふらになり、うれしさと気持ち良さで、泣いた。今思い出すと恥ずかしいが、車のルーフの上に大の字になり、眠ってしまった。幸いなことに、夏だったので風邪をひかずにすんだが。
「何やってんのー、お兄さん!」
と言う声と、笑い声が聞こえてくる。慌てて降りようとしたはずみに、ドアミラーに足がかかり、体重で折れてしまった。
 
 その後、彼女とは、一年ほどで別れた。でも、涙はでなかった。
 
 「n」の文字の割れたネオンを見ながら、ふとそんなことを思い出した。少し疲れているのだろうか。
 
 それから三日後、とても嬉しいことがあった。車で海に行った。海の色と匂いは、なぜこんなに優しいのだろう。
 浜辺に降り、左手を海の水につけたら、怪我をした覚えもないところが、ひどくしみた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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