グランドスラマー
秋田 哲

 「日高の職業科だって。たぶん、静内農業じゃないかな」
 校長が、涼しい顔をしてこんなことをのたまった。おのれ。俺は普通科に行きたいという希望を出し、あなたも「わかった。管内はどこになるかわからないが普通科っていうのだけは希望が通るように、強く言ってくるから」と約束したではないか。希望が通ったのは「全日制に行きたい」の一点のみ。(もっとも、これだけは通らないほうがどうかしている)その上、言うに事欠いて「点数をつけるとしたら何点だ?」だと?0点だ0点!いや、全日制という希望だけは通ったから、三十点くらいか。
 結局、正式に内示の出る三月十四日になっても「静内農業高校」は変わらず。無事(?)定時制での五年間の勤務を終えた私は、農業高校への転勤が決まった。

 それにしても、静内っていったいどこ?日高管内なんて浦河しか知らないぞ。車からマップルを取り出して探してみたら、何だ、海岸沿いか。浦河よりは近いんだな。函館からどのくらいあるんだ?ゲゲ、三〇〇キロ?札幌より遠いのか。ムチャクチャ寒いんじゃないのかなあ。田舎だからなにもないんだろうなあ。いや、それよりなにより朝きちんと起きられんのか?農業高校っていうくらいだから街中にはないんだろうなあ。ひょっとして七時、いや六時起きとか、、、考えただけで憂鬱になってきた、、、。


 そんな私の心配をよそに、静内での新しい生活が否応無しに始まった。
 出勤時間は八時10分。まずこれが最大の難関だった。七時には起きなければなるまい。今までの私にとって七時は完全に真夜中である。学校までは片道10キロ。ただし、通勤途中には信号が三つしかないので15分もあれば着いてしまう。それでも転勤したての頃は何回か焦ったことがあった。(もちろん寝坊が招いたピンチである)学校の隣を、桜並木の有名な「二十間道路」という素晴らしい直線が走っているのだが、そこをアクセル全開で突っ走ったことが何度あったことか。×××キロくらいは日常茶飯事である。

 さて、着任式である。着任のあいさつで生徒に向かって「おはようございます」といったら生徒全員(に思えた)が一斉に「おはようございます」と礼を返したのに感動してしまった。
なぜ?と思う方もいらっしゃるだろうが、定時制ではそんな場面にはついぞお目にかかったことがないからである。とにかく、何を言ったのか覚えてないくらいだ。「前任校が定時制の高校だったので、今も眠くてたまりません」などと口走ったような気がする。
 とにかく、やっと、まっとうな、人並みの生活が始まった。今までのように三時、四時まで遊んでいて、昼過ぎまでぐずぐずと布団の中でまどろむなどという(夢のような)生活は許されなくなった。ところが、五年間で身についた習慣とは恐ろしいもので、十二時を回っても一向に眠くならない。今までと違い、朝になれば起きて学校に行かなければならないとわかってはいるのだが、本当に眠くならない。うーん、困った。毎日が遠足の前の夜のようだ。しばらくの間、私の一日の平均睡眠じかんは四時間くらいだったと思う。尤も、足りなくなった分は休日に寝てすごすことによって取り戻した。


 静内農業高校というのは、日高管内唯一の農業科設置校である。御存じの方もいるかも知れないが、門別、新冠、静内、三石といったこの近辺の町という町全てが競走馬の産地である。
周りは牧場だ(ら)けである。ということは、当然、静内農業高校にも畜産科なるものがあり馬の育て方を学びに全国各地から、どこそこの牧場の御曹子とか、馬好きの物好き(失礼!)が毎年やってくるのである。中には埼玉とか京都とか気合いの入った生徒(親?)もいる。
 学校の敷地内にはそういった生徒のための寮があり、われわれ教職員が一日交代で舎監を務めている。月に一、二度その当番が廻ってくるのだが、なに三食付きだし、寮生は某T寮生とは違ってワルサなど(たぶん)しないし、おまけに尾籠な話だが一泊6600円の手当てがつくというのだから本音を言えば毎日でも泊まりたいくらいである。そうすれば二十間道路を暴走することもなくなるし、、、
 話が逸れたが、とにかく静内は馬産地のド真ん中にあり、有名な競走馬も種牡馬や繁殖牝馬としてやってくる。疎い私が知っているだけでも、ラムタラ、ビワハヤヒデ、ミホノブルボンなどだ。ナリタブライアンなどは生徒の家にいる。馬好きにはたまらない環境であろう。かくして人口2万人余りのこの小さな町にウィンズがあるのである。

 当然、馬術部というものは常勝という感じであるし、実際に馬を育て、二歳になったらセリに出すというようなことまでやっている。その辺の牧場顔負けである。今年の二歳馬は四一〇万円で売れたそうな、、、JRAからも毎年補助金が出ているというのも頷ける話である。
 畜産科というからにはもちろん牛もいるのだが、前述したような環境ではいかにも影が薄い生徒は二年進級時に馬コースか牛コースを選択するのだが、今年は37名中なんと36名が馬コース。大したもんですねえと素直に驚くばかりだ。

 数年前までは林業科というものがあったそうで、ある先生がいうには「ヤクザ養成科だ」という様子だったらしい。その頃は学校が荒れに荒れていたらしく学校要覧によればその頃の卒業生が各クラスとも10名弱である。つまり入学者の半数以上が中途退学したことになる。その理由も推して知るべしというところだろうか。現在、林業科は閉科となり、当校は創立二十周年を迎えるのだが、荒れていた頃の面影は暴走教師以外には見る影もない。平和だ。
 ところが生徒の学力レベルは下がる一方で今年の資料を見たところ、60点満点の数学で一桁の点数がズラリと並ぶというありさまで、最高得点が17点。国語にしても、読めない書けないは当たり前。ひどい生徒になると漢字で書けるのは自分の名前だけ。君たちも辛いだろうけど、先生も辛いんだよ。

 もちろん、そんな生徒ばかりではない。青雲の志を抱いて入学してくる生徒もたくさんいる彼等はきちんとしているし、敬語も使える(これも新鮮だった)。ただ、真面目で品行方正イコール成績が良いということにはならないのが世間の常である。そういう生徒には、手取り足取り漢字の使い方から原稿用紙の使い方、さらには正しい表現方法などを指導する身に力がみなぎる。というより一緒に勉強しているんですけど。

 さてさて、転勤から10ヶ月、よくこんなに書くことがあるもんだ自分で感心しています。
他にも、全国大会出場という肩書きをひっさげ、三願の礼をもって迎えられるはずだった野球部顧問になれなかった話とか、いきなりピンチヒッターとして見学旅行引率を務めた話など、いろいろあるのですが、こんな話をだらだらと読まされる皆様も辛いでしょうから(何、最初から読んでない?)そろそろ筆を置くことにします。ワードプロセッサのキーを叩いていても筆を置くでいいんでしょうか?宮川編集長。

 最後に、春の異動に際して前任校の先生からいただいた餞の言葉を記しておきます。
「工業高校から農業高校か、、、あと商業、水産とまわればグランドスラムだね!」
いや、球児ですからサイクルヒットの方が、、、、、、、

お後がよろしいようで。
 

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